福岡高等裁判所那覇支部 昭和59年(う)22号 判決 1984年10月25日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人泉亀上提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
一 事実誤認の控訴趣意(控訴趣意書第一、一)について
所論は、まず、被告人の本件原判示第一の所為が逮捕監禁罪の構成要件に該当するとした原判決には事実の誤認があるというのであって、その骨子は、被害者が牛刀を突きつけられ脅迫された当初はともかく、(なお、原判決は、右脅迫とともに、被告人が後方から被害者の襟首をつかまえて引き倒したとの暴行を併せ認定しているが、これを裏付けるに足る十分な証拠はなく、この点も事実誤認である旨併せて主張するものである。)、関係各証拠から認められるその後の被害者の被告人との同道状況に照らすと、かえって被害者が被告人に迎合するように振舞っていたことが看取されるのであって、結局、被告人の本件所為が逮捕監禁罪の構成要件を充足するものであるかについては、消極に解さざるを得ないというのである。
しかしながら、原判決挙示の各証拠を総合すると、原判示第一の逮捕監禁の事実は、前示暴行の事実を含め、優に肯認でき、原判決に所論のような事実誤認は認められない。その理由の詳細は、検察官提出の答弁書一に記載されたとおりである。論旨は理由がない。
二 事実誤認及び法令適用の誤の控訴趣意(控訴趣意書第一、二)について
次に、所論は、本件各犯行当時被告人は過去の交通事故の後遺障害のため、日頃から常時頭痛に悩まされ、分別心や自己の行為の抑制能力に欠けていたことに加え、犯行当日多量に飲んだビールの影響により酩酊していたため、少なくとも心神耗弱の状態にあった疑いが明らかであるのに、この点を看過して審理不尽のまま言い渡された原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、ひいて、法令の適用の誤りがあるというのである。
しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人が交通事故による後遺障害に悩まされていたことの外、犯行当日もビールを飲酒しある程度酔っていたことは窺われるが、被告人が面識のない被害者を脅迫して交際を迫り、あわよくば性交渉を持とうと考えた本件逮捕監禁の動機は、いささか思慮浅薄に過ぎるものの、必ずしも理解できないものではなく、本件各犯行全般にわたる被告人の言動は、それなりに一貫したもので、不自然な点はないばかりか、かえって、人違いを装って被害者を襲い、直ちにその旨告知して被害者を懐柔しようとしたり、あるいは、途中立ち寄った煙草屋が知り合いの店であることから自らは入店することを避け、被害者に購入に赴かせるなど巧みに振舞っている点も見受けられ、更に、被告人は、逮捕後本件各犯行及びその前後の状況について、詳細に供述しており、被告人の当時の記銘には問題がなかったことが認められるのであって、これらの諸点を総合考察すれば、被告人が本件各犯行当時心神耗弱の状態になかったことは明らかである。論旨は理由がない。
三 量刑不当の控訴趣意(控訴趣意書第二)について
所論は、原判決の量刑の過重不当をいうのである。
しかしながら、本件は、夕刻通りがかりの被害者を認めるや、同女を脅迫して交際を迫り、あわよくば同女と性交渉を持ちたいと考えた被告人が、背後から近付き、いきなり被害者の襟首をつかんで引き倒し、所携の牛刀を突き付けるなどの暴行、脅迫を加えた上、その後一時間余にわたり、諸所同女を連れ回して逮捕監禁し、その間、同女が畏怖しているのに乗じ、着衣の上からとはいえその乳房を弄び、更には意に反して接吻させるなど強制猥せつの行為に及ぶとともに、正当な理由なく右牛刀を携帯していたというものである。犯行の動機は、自己中心的であって、女性の人格を無視すること甚だしく、酌量の余地はない。犯行の手段、態様も、兇器を用いて脅迫し、被害者が畏怖しているのに乗じて、前示のような猥せつ行為に及ぶなどまことに卑劣かつ悪質なものである。何らの落度もないのに、帰宅途中突然見ず知らずの被告人に襲われ、牛刀で脅されて一時間余りも同道を余儀なくされた上、果ては猥せつ行為にまで及ばれた被害者の精神的苦痛、衝撃には大なるものがあり、犯示の結果も決して小さくない。加えて、被告人には、原判決摘示の累犯前科(なお、原判決は、累犯前科の罪名を「強盗、傷害、器物損壊、暴力行為等処罰に関する法律違反、窃盗、恐喝罪等」と摘示するが、右は、「強盗、傷害、器物損壊、暴力行為等処罰に関する法律違反、窃盗、恐喝罪」の誤記と認める。)を含め、これまで懲役刑五回、罰金刑二回の前科があり、本件は、前刑出所後僅か半年で敢行されたものであって、その反社会的性格、犯罪的性向には顕著なものがあることを考えると、再犯の虞も大きいとしなければならない。また、本件被害者に対し、何ら慰藉の措置が講じられていないことも量刑上軽視できないところである。
而して、以上の諸点を総合するときは、被告人の犯情は悪く、その刑責は厳しく追及されるべきであって、本件猥せつの所為が態様自体比較的軽度のものであったこと、被告人は本件について反省悔悟の念を披瀝していること、現在も交通事故による後遺障害を有しており、そのことが更生への妨げになっている面も見受けられないではないこと等被告人に有利な諸事情を十分考慮しても、被告人に対し、懲役一年六月を言渡した原判決の量刑は相当であって、過重不当というにはあたらない。論旨は理由がない。
四 なお、職権をもって調査するに、原判決は法令の適用において、原判示第一の逮捕監禁と強制猥せつの間には手段、結果の関係があるとして、刑法五四条一項後段、一〇条を適用し、一罪として重い強制猥せつの罪の刑で処断しているけれども、犯罪の性質上、右の逮捕監禁と強制猥せつの間には、通常、手段、結果の関係があるとは認められず、併合罪の関係にあると解するのが相当であるから、右両罪につき、同法四五条前段、四七条本文を適用しなかった原判決には法令の適用の誤りがあるものといわなければならない。而して、本件被告人に対する処断刑の範囲は、右両罪及び原判示第二の銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪につきいずれも同法五六条一項、五七条により再犯の加重をなした上、以上三罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い強制猥せつの罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期、即ち、懲役六月以上二〇年以下であるところ、原判決は、前示のとおり、原判示第一の逮捕監禁と強制猥せつを同法五四条一項後段の関係にあるとして、一罪として強制猥せつの罪の刑で処断することとした上、原判示第二の罪とともに再犯の加重を行い、これらを同法四五条前段の併合罪として、同法四七条本文のみを適用しているため(原判決の罪数処理を前提とする限りは、同法四七条但書を適用しなければならない筋合である。)、処断刑の長期が懲役二一年となり、正当な処断刑の範囲を逸脱したものとなっている違法がある。
しかしながら、原判決の宣告刑(懲役一年六月)は、正当な処断刑の範囲内にあり、かつ、原判決の処断刑の正当な処断刑に対する超過割合の外、被告人の本件各犯行の罪質、態様、結果、被告人の前科等前示のような情状を考慮すると、法令の適用に誤りがなく、正当な処断刑の範囲内で量刑されたとしても、原判決の量刑と異なる判決がなされたであろう蓋然性はなかったと認めるのが相当であるから、右の法令の適用の誤りは、判決に影響を及ぼすものとまではいえず、従って、本件では、右の違法は、未だ原判決破棄の理由とするに足りないとしなければならない(なお、この外にも、原判決は、法令の適用において、原判示第二の銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪について、刑種の選択を明記していないけれども、その余の適用法条をみると、右罪については、懲役刑を選択したことが明らかである。)。
よって刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中一一〇日を刑法二一条により原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 惣脇春雄 裁判官 比嘉輝夫 中山隆夫)